
SANO 31 RUNABOUT”Rigby”

工芸品のごとき輝きを放つ、こだわり抜いた31フィートのウッドゥンランナバウト高速艇のハル、40ノットオーバーの卓越した走り、日本の文化遺産ともいうべき木船技術の結晶
text: Atsushi Nomura
photo: Makoto Yamada
special thanks: SANO SHIPYARD
https://sano-shipyard.co.jp
FRP(Fiber Reinforced Plastics=繊維強化プラスチック)が船の製造に使われるようになる以前、小型船を造るボートビルダーはみな、ウッドゥンボート(木造艇)ビルダーだった。しかし20世紀後半に主力となったFRP艇の量産化に伴い、多くのボートビルダーがFRPへと製造方法を転換していった。さらにチークやマホガニーといったマテリアルの減産や、技術伝承の難しさなどにより、ウッドゥンボートビルダーは減少し続け、日本に限らず世界的に見ても、ウッドゥンボートは非常に貴重な存在となっている。特にオールウッドのボートヨット専門ビルダーとして、新艇の建造をゼロから行っているビルダーとなると世界にも決して多くはない。その貴重な造船所の一つが、東京・江東区潮見の運河沿いにある「佐野造船所」である。

〈Rigby〉と命名された「SANO 31 Runabout(佐野31ランナバウト)」は、全長9.50m、全幅3.20m、重量4ton、ホンジュラスマホガニーを多用した実に美しいランナバウトである。パワートレインにはツインアウトボードHONDA BF250 Dを搭載。レイアウトは、クローズドバウ(キャビン)仕様のオーソドックスなスタイルのオープンボートだ。

コクピットは右舷前方にドライバーズシート、左舷にパッセンジャーシート、後部に大型のU字ソファとテーブルを配置している。ヘルムステーションにはGPSプロッタやBluetoothオーディオシステムなどを搭載。トランサムのモーターウェルはかなり広くスペースが取られており、ツインアウトボードの両脇に取り付けられたスイミングプラットフォームへのアクセスもしやすい。トランサム付近の舷側は、特徴的なタンブルホームによる大きな勾配があるため、横着けした状態での乗り降りはスイミングプラットフォームからが楽だ。コクピットのデッキ面、ブルワークトップなども全てふんだんにマホガニーを採用。フォアデッキにはマリン合板の上に無垢のマホガニーが張り込まれているが、木目も揃い非常に美しい。デッキ面を見ているだけでもまるで工芸品のような仕上がりだ。

ドライバーズシート脇の扉を開けるとフォアキャビンにアクセスできる。さすがに31フィート艇、キャビン内は思ったより広い。左舷側にはシンク、右舷側には個室ヘッドが備わる。最も前側にVバースが備わる。室内も艶やかなバーニッシュの美しい色合い。ボート全体が一つの工芸品のようだ。ハルはハードチャインとステムの深いVラインによって素晴らしい直進性が担保されている。艇体後部はゆるやかなV字で、最後尾までチャインが続いている。
今回も荒川河口沖、東京湾奥にてシートライアルを行った。ドライバーズシートに座り込んで、最初に気付くのは巨大なウインドスクリーン。隣に座る佐野龍也氏に訊ねると、かなり悩んだ末、ゆくゆくは現在のオープンにルーフを取り付けることを想定しての選択だったそうだ。ピラーの位置を含めても視界がほとんど遮られず、さらに走行中もまったく顔に風が当たらない、非常に快適なウインドスクリーンだ。


一気にスロットルを開け、加速していく。以前紹介した30 FB Offshore Fishing Cruiser同様、瞬間的な加速感が凄まじい。ほぼハンプを感じることなくプレーニングに入り、すぐに30ノットを超える。それどころかさらに伸びていく。チルトをコントロールしていくと40ノットをわずかに超える。それでも風が顔に当たらないため、スピードは出ているのに、スピード感が薄いという不思議な感覚に陥る。搭載エンジンのBF 250 Dはドライブ・バイ・ワイヤ(DBW=電子制御スロットル)仕様で、シフトレバーによるコントロールは精密で、非常にスムーズだ。2020年進水時のデータでトップスピード40ノットとのことだったが、プロペラなどのセッティングもあって現在も遜色ないトップスピードを維持している。

クルージングスピードとされる25ノットにまで落としてスラロームを行う。何事も起きず快適な走行フィーリングを味わえる。再び速度を上げてカメラボートの引き波に突っ込むが、実にソフトな波当たり。量産のFRP艇であればガツンと来るような波当たりのはずが、ふわっと抜けるような感じだ。これが佐野造船所のウッドゥンボートならではの乗り味である。そしてこの31 Runabout、驚くほどスプレーが上がらない。チャインできれいにスプレーをノックダウンしており、かなりハードなシートライアルを行ってもスクリーンは完全にドライを保っていた。
佐野造船所のボートは基本的にフルオーダーメイドだ。ユーザーの要望を聞き、十分なヒアリングの上で、そのコンセプトやニーズに合わせて開発していく。当然、オーダーするユーザー側にもある程度の経験が求められる。ユーザーの意図や目的、ボートの使い方が決まっていなければ、カスタム艇は成り立たないからだ。佐野造船所では、そういったまさに「世界に一艇」しかないボートを造っている。

佐野家の祖先は安房国(千葉県南部)の出身、江戸時代後期に初代が八重洲口付近で造船を営み始めた。1844(天保15/弘化元)年に3代目が深川に移転、8代目の一郎氏まで同地で営業。1972年にプレジャーボート建造を始め、1992年に現在の潮見に移転する。先代の一郎氏は船大工として江東区の無形文化財に、現在9代目の龍太郎氏と弟の稔氏、息子の龍也氏は佐野造船所として無形文化財に登録されている。

佐野造船所では設計、開発、建造、進水に至るまでひとりの担当者がすべてに対応していく。本誌2022年8月号で紹介した「SANO 30 FB Offshore Fishing Cruiser」は現代表、9代目の佐野龍太郎氏が担当した。
本人曰く「最後の船」。造船所を次代に継承する前の最後の作品だった。そして2023年1月には息子の龍也氏が10代目の代表となる。佐野造船所では代々、最初に担当する船は、ユーザーからのオーダーではなく、本人が作りたい船を造ってきたそうだ。顧客の船を造る前に自身の船を造ることで多くを学び取れるからだ。龍也氏が選んだのはランナバウト。この「31 Runabout」は、佐野造船所の新たな10代目、佐野龍也氏が最初に担当した一艇なのである。
佐野造船所では通常、一艇につき1年から1年半程度の時間をかけて建造する。まずはベースとなるライン図を作成、続いて艇体の精密な模型(10分の1スケール)を作り、原図を作成する。原図を元にして木材から必要なパーツを切り出し、キール、リブ、ステムを組み上げていく。その後、2層の外板を張り込み、サンディングや塗装を経て艇体が完成。次いでデッキやインテリアの工程に入り、エンジンを搭載して最終的な完成に至る。今回、龍也氏が担当した〈Rigby〉こと31 Runaboutの場合、2層の外板の内側の第1層にはチークを、外側の第2層にはホンジュラスマホガニーを採用。またキールやリブはチーク、ステムはホンジュラスマホガニーだという。

龍也氏が龍太郎氏から担当を任されて最初の一艇を手がけることになったのは2014年のこと。当時28歳だった龍也氏は、ライン図を起こし10分の1スケールの模型を作る。模型は最終的に3回作り替えられ、現在の形がほぼでき上がる。そこから原図が起こされ、31フィートの実艇のサイズが固まったという。その後、前述のような工程を経て、最終的に完成、進水したのは2020年のことだ。〈Rigby〉の場合、販売しない龍也氏自身のボートのため、その工期中、ずっと携わっていられた訳ではない。通常の修理や別艇の建造など、本業の合間を縫って建造が進められた。6年という歳月をかけ、こだわり抜いて造られた、まさに世界唯一の渾身の一艇なのである。
佐野造船所の魅力は、まるで工芸品のような美しいボートに出会えること。信じられないほどソフトで快適な、素晴らしい走行性能を味わえること。そして一艇ずつ大切に造り上げられた、世界に唯一のボートということ。その魅力を分かったユーザーにとって、佐野造船所のウッドゥンボートはまさに垂涎の一艇となるだろう。


江戸時代から続く和船の木工技術と、現代の高速艇の設計思想を併せ持ち、世界的に貴重なウッドゥンボートを専門に扱うボートビルダー「佐野造船所」。それはまさに、日本が世界に誇るべき文化遺産なのである。P.B.
SANO 31 Runabout “Rigby”
全長 9.50m
全幅 3.20m
喫水 0.80m
重量 4.0ton
エンジン 2× HONDA BF250 D
最高出力 2 × 250
燃料タンク 630L
清水タンク 40L
問い合わせ先 佐野造船所
TEL: 03-5683-1795
https://sano-shipyard.co.jp










