
New Heritage RIGBY 30 WALKALOUND

40ノットの高速走行とソフトライドを実現したマホガニー製30フィートボート,和船の技を引き継ぐ「佐野造船所」の新たな10代目が挑む、ウッドゥンボートの未来
text:Atsushi Nomura
photo:Makoto Yamada
specialthanks:SANOSHIPYARD https://sano-shipyard.co.jp
世界的にも稀有な存在となっているウッドゥンボート(木造艇)ビルダー「佐野造船所」の新艇が今春完成、進水した。2024年のJapanInternationalBoatShowでも展示されて注目を集めた「RIGBY30Walkaround(リグビー30ウォークアラウンド)」である。

「RIGBY30WA」は全長9.1m、全幅2.8m、吃水0.85m、全高2.9m、艇体重量約4tonのウォークアラウンドレイアウトの30フィート・ピクニックボート。エンジンはHONDA最新鋭のV8・4,952ccアウトボードBF350Aを1基搭載する。アウトボードのカラーリングはグランプリホワイトをチョイス、艇体にもそれと合わせたような塗装が施されているため、知らない人が観ると一見FRP艇と間違われるかもしれないが、フルの木造艇である。

艇体の外観はフレアが大きく拡がっており、後ろへ行くほど徐々にビームが絞られ、トランサム部分はお椀をひっくり返したようなタンブルホームとなっている。ウォークアラウンドのデッキレイアウトで中央のブリッジ部分は、全体が木造のハードトップで覆われている。ハードトップの高さは最高部で約175cm程度。ブリッジ前部にはフォアデッキ側からアクセス可能な個室ヘッドが備わっている。特にブリッジ部分の内装はニス塗りになっているためウッドゥンボートらしい美しい風合いだ。
右舷側前部に独立したドライバーズシート。左舷側にはあえて座席は作られていないが、ボルスターシートならセット可能だ。後ろ側はクルージングの際に航跡を眺めるために後ろ向きのシートと固定のテーブルを用意。テーブルにクッションを置けば前向きのシートにもなりそう。ブリッジサイドには開閉式のウィンドウが備わり、ドライバーズシートに座った状態での全周方向の視界は良好だ。


今回進水した「RIGBY30WA」は、佐野造船所10代目、佐野龍也氏が建造した2艇目のボートであり、顧客からのオーダーを経て造られた最初のモデル。2022年12月号で紹介した「SANO31Runabaut“Rigby”」は、龍也氏が建造した最初のモデルだったが、これは顧客からのオーダーではない。代々、佐野造船所では、最初に担当する船は、ユーザーからのオーダーではなく、担当者本人が作りたい船を造ってきたそうだ。これは顧客の船を造る前に自分自身の船を造り多くを学ぶためだという。龍也氏の最初の一艇「31Runabaut」もまた、そういった意味合いのボートだった。龍也氏にとっては、今回紹介する「RIGBY30WA」こそが顧客向けの最初の船と言える。
建造に掛かった時間は約1年半、完全ハンドメイドの30フィートのウッドゥンボートとしてはかなり早い納期だ。オーナーからのオーダーは、ファミリーでのピクニックボート的な用途がメイン。オーナーや家族やペットが乗り込むことを前提とした仕様で造られた。またオーナーの会社には釣り好きのスタッフも多いため、釣りに行くにも使いたい、というのが主な用途そのためピクニックボートスタイル、そしてウォークアラウンドのレイアウトを採用したそうだ。細目の艇体がオーナーの希望でもあったため、全幅は2.8mと、30フィート艇としてはややナローなビームで造られている。その分、スピード性能は稼げており、進水時で約40ノットをマークしたという。

シートライアルは東京港で行った。東京港の比較的広い水面に出てからマニューバのテストを行う。パワートレインはHONDABF350A、国内で初搭載となる最新のアウトボードである。始動音、デッドスローともに非常に静かで振動も全くないため、始動時には思わず振り返って確認してしまう。ゼロスタートで走らせるが、従来のBF250と比べても静かに感じる。
4,350rpmで25ノットに到達、4,500rpmで27ノットだが、このくらいが体に優しいクルージングスピードだろう。その後、一気に回転、加速ともに上がり、最高6,200rpmで39.2ノットをマーク。2ヶ月前の進水時で40ノットというからほぼ同等の結果だ。港内であり大きな波はないが、時折、引き波がある。そこに当ててテストすると、いかにもウッドゥンボートならではの、独特の柔らかさを実感。波の衝撃をふわっと吸収してくれるため、同乗者にもとても優しい。続いてスラロームや高速ターンを行う。クルージングスピードで旋回してみると、程よいヒールで横方向へのGはあまり感じられない。スラロームする際もテールが滑らないため非常に走らせやすい。

佐野造船所のボートやヨットは、木造艇という特質上、基本的にフルオーダーメイドだ。オーナーの要望を聞き、十分なヒアリングを経て、オーナーのコンセプトやニーズに合わせて建造していく。当然、オーナーサイドの用途が決まっていなければ、カスタム艇は成り立たないため、オーナーにも一定の知識と経験が求められる。その結果、唯一無二のウッドゥンボートが完成する。
同社では設計、開発、建造、進水に至るまでひとりの担当者がすべてに対応している。今回で言えば10代目の龍也氏が担当だ。ただし龍也氏によると今回の「RIGBY30WA」には、従来の佐野造船所の船とはかなり異質なコンセプトが含まれている。

「この先、この艇体をシリーズ化していきたいという考えがあります。ベースにはこの艇体を使い、上物のアレンジを変えていくという発想です」というのだ。もちろんFRP艇と違ってモールドがあるわけではないから、同じ艇体と言ってもいわゆる「量産」できる訳ではない。ただある程度、同様の艇体であれば、艇体の設計、原図おこしなどを省略化、パッケージ化できるため、建造工程の時間短縮が図れるという。また同じ設計の艇体であれば、製造工程もある程度パターン化でき、多少の修正は都度行われるものの、ゼロから作り出すより遙かに効率が良くなる。現在はまだ相談の段階だが、30フィートのセンターコンソール艇の話も進んでいるそうだ。今回の「RIGBY30WA」をベースに、重量バランスなどの調整を行なって造る予定だ。
「RIGBY30WA」はピクニックボートにも、フィッシングボートにも、というマルチなコンセプトが織り込まれていたが、次のセンターコンソール艇の場合、アメリカでメジャーなセンターコンソール艇での釣り方、ツナやビルフィッシュをルアーで追いかけるというコンセプトだ。そういった部分での釣りに特化させた艇体の微調整、例えば安定性や、ポイントで留まっているための風で流れにくい艇体設計などの修正は行われるという。

なお今後「RIGBY30WA」をベースにしたモデルの場合、エンジンは350馬力1基が前提、250馬力ではややパワーが物足りないし、2基搭載するスペースはないためだ。また停泊場所によってはスラスターの搭載や、ジェネレーターやジャイロスタビライザーなどの搭載も必要になってくるかもしれない。そういった重量物を搭載する場合の艇体バランスなどは修正される。
欧米の歴史あるボートビルダーも、かつてはウッドゥンボートビルダーだったところが多い。しかしFRPの発明に伴いほとんどのビルダーがFRP紙建造へと転換していった歴史がある。さらにチークやマホガニーといった木材の減産、技術伝承の難しさなどから、その数は減少しており、専門ビルダーとして新艇の建造まで行っているウッドゥンボートビルダーは、世界的に見ても非常に貴重な存在だ。古くは江戸時代後期まで歴史を遡る佐野造船所は、そんな世界的にも貴重なウッドゥンボートビルダーの一つ。2022年に9代目の佐野龍太郎氏から10代目・龍也氏に代替わりして最初の販売艇が進水した訳だが、龍也氏に現在の想いを聞いた。

「今回のRIGBY30WAは自分なりに現段階で、これでいいであろうと言う設計で造りました。実際に乗ってみて、さらに外から撮影した映像や、写真を見て、やはり、父の造った船とは違うなと……改めて、父のすごさと実績を思い知りました。まだまだ自分はその城には到達していません。それでもお客様は、元々父の船に乗っていた方で、今回のポートの設計にも深く携わっていただきました。走りや乗った感じは、同じDNAを継いでる感じがしますよと言っていただきました。
今まで父の造り方は、その人のための仕様に特化するというのが前提でした。それがもちろんSANOの特徴であったと思います。でも最近は、YouTubeやテレビ、ボートショーへの出展を経て多くの方にその名前を知っていただけるようになりました。木造艇いいな乗ってみたいな、という人が多くなってきています。であれば、もっと多くの人たちに乗ってもらいたい。そのためにはシリーズ化し、価格も抑えながら、いつか乗ってみたいと思っていた人たちにも手が届くくらいのボートを造っていきたいと思っています。いわゆる量産とはちょっと違いますが、造りやすく、アレンジしやすくすることで、今まで2年かかっていたものが、1年半でできる……たった半年かもしれないけれど、期間を縮められると思うんです。そんなことを考えながら今回のボートを造りました。
10年前なら23フィートや25フィートでしたが、今は普通に30フィートです。これも時代の流れ。船がどんどん大型化しており、ウッドゥンボートも例外ではありません。とは言え、40フィート以上となると現実的ではないため、今回の30フィートというのが一つの目安になります。クルー無しで、オーナーがひとりで操船でき、家族と楽しめるサイズとしては30~32フィートが限界かなと思います」
龍也氏はこんな想いを抱き造り続けている。次なる「RIGBY」のウッドゥンボートにも注目したい。P.B.
RIGBY 30 Walkaround
全長 9.1m
全幅 2.8m
喫水 0.85m
排水量 4ton
エンジン HONDA BF350
最高出力 350 HP
燃料タンク500L
問い合わせ先 佐野造船所
TEL: 03-5683-1795
https://sano-shipyard.co.jp
https://www.instagram.com/sanoshipyard?igsh=Zm4zdWd1YXBtZXlv



