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五島列島・福江島。遣唐使の歴史と、世界遺産カトリック教会の島で見つけた幻の味

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スペイン料理のシェフをも魅了する「玉之浦の鹿肉」日本の信仰の歴史を刻む、西海の島人が育む幻のグルメ

text: Yasuyo Yamada
photo: Shingo Miyaji
special thanks: EL TRAGON
Goto City Tourism Association
Catholic Church Archdiocese of Nagasaki

長崎港から西へ約100kmの海に浮かぶ五島列島。南北に約80km、大小150余りの島々からなる。通称、北部の「上五島」と南部の「下五島」に管轄が分かれるこの列島は、潜伏キリシタンの島として知られ、現在50の教会が存在する。長崎からのアクセスもよく、列島一の広さを有する下五島の福江島には、そのうち20の教会が今でも信者の信仰の対象として守られている。

キリスト教禁教令廃止後、五島列島で最初に建てられた教会が、福江島を代表する「堂崎天主堂」だ。初めは木造建築だったが1908年にゴシック調のレンガ造りが完成し、天井はアーチ状のコウモリ天井、窓にはシンプルなステンドグラスが施されている。現在堂内は資料館ともなっており、キリシタン弾圧時代の信徒の生活や、禁教令廃止後の活動等が紹介されている。

五島列島の一部の教会群は2018年7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」としてユネスコ世界文化遺産に登録されたことは、記憶に新しい。だが実は、異文化や宗教との関わりはキリスト教だけではない。それよりはるか1,000年以上も昔、西海に浮かぶ島々は、大陸の仏教文化の入り口でもあったという。福江島の北西端から東シナ海へと突き出た三井楽(みみらくのしま)半島は、7世紀から9世紀にかけて、日本から当時の中国、唐に派遣された遣唐使船の最後の寄港地だったのである。

遣唐使たちはこの地で飲料水や食料を補給し、はるか大陸を目指したという。その中には、日本に仏教を広めた真言宗の開祖である空海の姿もあった。空海記念碑の「辞本涯」が立つ三井楽の海岸沿いから、東シナ海を眺める。若き空海が目にしたであろう海は、荒々しく白く波立っている。気象情報もGPSもない当時、平底2本帆柱の遣唐使船での航海はその半数が遭難することもあったという。未知の学問への探求心は、心躍ることでも、恐怖で体を震わすことでもあっただろう。そんな彼らの命をかけた旅を、この地は応援し、帰国時は歓迎していたのだ。

遣唐使たちが最後の調達に寄港した福江島は、広さ約320km²。2時間もあれば車で一周できてしまう小さい島ながら、米や小麦粉、野菜、魚介類、肉類等はもちろん、醤油や味噌等の調味料も含め現在でも自給率が高い。その何でも手に入る島で、今、鹿肉が密かなブームだという。

日本に住んでいると食べなれない鹿肉は、臭いのではないか、硬そう、とネガティブなイメージが付きまとう。そんなイメージを払拭するのが、福江島、玉之浦地区の鹿肉だ。

もともとは害獣駆除の目的で仕留めた鹿の肉を知り合いに配ったり、皮を加工して販売していたが、癖がなくおいしい鹿肉をこの地だけで消費するのはもったいない、と肉の販売をスタートさせた。玉之浦の民泊施設で鹿肉のロースト、ローストビーフならぬローストベニソンをいただいた。赤身のそれはやわらかく、言われなければ牛肉の刺身を食べているようで、旨みが強い。

あまりの癖のなさの秘密を知るべく、翌日、鹿肉解体施設の夢株式会社加工場を訪れた。朝7時、ちょうど鹿を一頭さばく、というので見学させてもらう。首を下に吊るした鹿を血抜きし、皮を剥ぐ。みるみるうちに商品になっていく。皮を剝ぐ前に恐る恐る触ってみたら、鹿はまだ温かかった。

「玉之浦の鹿肉の最大のポイントは、臭みを出さないこと」と施設オーナーの南清さん。鹿の通り道に仕掛けた罠に獲物が掛かると、スマートフォンに通知が来るように設定しており、鹿が苦しまないよう直ちに電気で仕留め、15分以内に加工場に運ぶ。その後30分かけて完全に血抜きをし、解体。4時間後には肉を真空パックし、業務用冷凍庫で急速冷凍し商品にする。施設内にも臭いはなく、動物を扱った痕跡はよく研がれた包丁のみだ。この日の鹿は3歳ぐらいの雄。立派な角は、地元漁師がイカ釣り漁の疑似餌、エギ用に欲しがるそうだ。

玉之浦の鹿のおいしさは、仕留めた後の処理だけではないはず。五島列島では、五島牛の生産にも力を入れている。五島牛生産者の角田隆章さんの牧場を訪ねた。角田さんは家族で五島牛の繁殖牛を育てる傍ら、牧草を食べてしまう鹿を駆除するハンターでもある。「潮風が、五島の牛はもちろん、鹿もおいしくする」と語る角田さん。海に囲まれた福江島は、常に潮風にさらされ、稲や牧草は表面だけでなく土からもミネラルを吸収する。ミネラル豊富なエサをたっぷり口にするのは、鹿も同じ。「だからこそ、五島は牛も鹿もうまい!」と教えてくれた。

海に囲まれた五島列島には、牛や鹿以外にも食べるべきものはたくさんある。もちろん魚介類は海に囲まれた島ならでは。名物のキビナゴは、島ではその日に獲れたもののみ刺身で、日をまたげば焼いたり、鍋に入れたり醤油で炊いたりと、さまざまな方法で楽しむ。

居酒屋に「かっとっぽ」という耳慣れないメニューを発見。ハコフグの味噌焼きだ。ハコフグの腹をくり抜き、身を味噌や酒などと混ぜ再び腹に戻し、アルミホイルで包んで焼く。酒のアテはもちろん、白いごはんも進む滋味は、地元だけでなく、観光客にも人気の郷土料理だ。

遣唐使一行が伝えたとされる名物料理も存在する。ほどよいコシとつるつる滑らかな食感が魅力の「五島うどん」だ。細めの手延べうどんは、上品なあごだしでいただけば、小麦の旨みを実感できる。

さらに五島のおいしさは、伝統的な味わいだけではない。福江島のシンボル、鬼岳の麓に240アールのブドウ畑を有する「五島ワイナリー」がある。五島を含め日本は魚がおいしい国。だからこそ、魚をおいしく、日本食を引き立てる国産ブドウのワインを目指し、ニュージーランド出身の醸造家、アーロン・ヘイズさんたちが日々切磋琢磨している。

海に囲まれた独特のテロワールに恵まれた地だからこそ、「この島のブドウの旨さがあれば、もっとワインはおいしくなる、まだまだよくなる」とヘイズさん。その努力が実り、日本の女性が審査する国際的なワインコンペティション「サクラアワード2021」では、五島産ブドウのスパークリングワイン「キャンベル・アーリー2020」がゴールドメダルを受賞している。

五島ワイナリーでは福江島産の日本品種での醸造も目指しているが、残念ながらブドウをおいしくする潮風は、ブドウの成長に打撃も与える。2021年度は、島のマスカットベリーAは育っていない。太陽、潮風、土、島の恵みが詰まったブドウが実る日を期待したい。

東京・虎ノ門のスペイン料理店「薪火パエリア専門店ELTRAGON(エルトラゴン)」では予約限定で福江島の鹿肉とワインを味わえる。

ELTRAGONは、スペインで開催される国際パエリアコンクールで受賞経験を持つ栗原靖武さんがオーナーシェフを務める店。パエリアはもともと農家の人々が農作業中に手軽に食事をするために、あぜ道等で鉄鍋と薪で作った米料理。国際コンクールでも薪で調理することを求められる。日本でも薪で焼き上げたパエリアをと、栗原シェフは店内で薪を使う本格的なパエリアを提供している。彼もまた福江島玉之浦の鹿肉の味に惚れ込んだ一人。「こんなに癖がなく、旨みの強い鹿肉ははじめて。特にパエリアの具材としては、薪による強い火にも負けず、旨みが引き立つ」と、現在は予約で鹿肉料理と五島ワイナリーのワインを提供している。

その地で育つ味に誇りを持ち、よりよい形での提供を目指す島の人々の心を結集したともいえる、幻の五島の鹿肉とワイン。東シナ海に浮かぶ祈りの島に思いをはせ、その恵みを味わいたい。P.B.

■薪火パエリア専門店 EL TRAGON 
東京都港区西新橋 2-13-8
TEL: 03-6268-8636
https://eltragon.owst.jp
https://www.facebook.com/eltragon2017/