「甲斐の迎賓館」

武田信玄・勝頼が湯治をした記録が残る“武田氏の元湯”湯村温泉昭和天皇ご巡幸から続く皇室との縁、山梨随一の庭園ホテルを愛でる
text: Kenji Yamazaki
photo: Makoto Yamada
special thanks: TOKIWA HOTEL
https://tokiwa-hotel.co.jp

眼前に大パノラマが広がる。米国の日本庭園専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』で常にランキングトップクラスに位置する3,000坪の庭園は、都会の喧騒を忘れゆっくりと散策するに余りある。庭をめぐるように数寄屋造りの離れが繋がり、趣溢れた回廊を形作っている。木々の木漏れ日、穏やかな時間が流れる。石打ちの回廊を歩く喜び、源泉の守護、湯権現社。

離れ「欅」、「若松・若竹」と続くその先、聖とした趣とたたずまいの「貴松亭」(御幸、常磐、白根、赤石、御坂)。武田家ゆかりの風情ある古民家「荻原邸」。松、楓、整えられた庭木の間を歩く。花梨の木、その向かいに気品を漂わす「松風」、そして「九重・八雲」。まるで平安京の公家の舘を思わせる池との佇まい。岩肌から流れ落ちる小滝、せせらぎ。中庭の芝、大きな欅、
栗の木。時がはるかに飛び去るようだ。

昭和天皇が宿泊された離れ、行在所『貴松亭』「御幸」、「松風」。部屋から池越しに眺める中庭の綾。さらに「九重」は今も囲碁・将棋のプロ棋士によるタイトル戦の場として愛棋家の聖地となっている。静溢そのものの離れ、静寂の中に漂う凛と研ぎ澄まされた空気、はるかに爽やかな滝音、小鳥のさえずり、集中を抗うものはない。その環境が保証されなければプロ棋士のタイトル戦の場に選ばれはしない。囲碁では棋聖戦、名人戦、本因坊戦等、将棋のタイトル戦では竜王戦、名人戦、王座戦王将戦などが開催されている。本館2階の回廊に「名人の小径」と呼ばれる名人戦のギャラリーがある。歴代のタイトル戦の写真や揮毫を見ることができる。

多くの文士も離れの投宿を楽しみ、心が解き放たれる環境で文筆に没頭していた。井伏鱒二、山口瞳、松本清張……。「白根」で松本清張は『波の塔』を書き上げ、山口瞳は『花梨の庭』の着想を庭の花梨から得ている。
本館6階建て西棟、3階建て東棟に39の客室、11の離れ。1,200年前に開湯した信玄の湯湯村温泉、離れの露天風呂は源泉かけ流し。離れ「欅」前に源泉を守る湯権現社が祀られている。今宵の投宿は離れ「欅」。


さて、暮れなずむころ、食の宴に。その名も「篝火(かがりび)の膳」。料理長古屋幸文、シェフ嶋津知也のこだわりが花開く。地元山梨の新鮮野菜はもちろん、甲州牛A5ランク、九州五島列島から空輸される生本マグロ、キングサーモンとニジマスの掛け合わせ富士の介、富士桜ポーク、選りすぐりの素材から紡ぎだされる膳、思わず目を見張る。アミューズの爽やかさに心許し、前菜で心打たれ、凌ぎの甲州牛と本マグロの握りと続くマグロ造りに感嘆し、椀物煮物で満足し、洋皿の鮑に感涙し、強肴は甲州牛の溶岩石炭火焼きに落涙と、美食の宴が満開に。連れ添うお酒は甲州ワイン、勝沼地元のワイナリーが揃い、地元蔵元の純米大吟醸も抜かりない。

格式と伝統の雅さに満足することなく、新たなステージも用意された。古民家萩原邸食事処「田舎家」として小宴会などに対応してきた場所を新たにリボーン。令和3年11月1日にステーキレストラン「PENT HOUSE甲州(ペントハウス甲州)」としてオープンした。

「PENT HOUSE」は東京・銀座の会員制ステーキハウス。昭和46年創業の知る人ぞ知る「銀座の社交場」。厳選された牛肉、特別な焼き方で焼かれたステーキに稀代のデレッタントやエピキュリアンたちは舌鼓を打った。ブッシュ大統領もお忍びで堪能し、各界の名士の愛するプライベートクラブでもある。その悠然とした歴史と誇りを甲州の地にもたらした。和ではない洋のステーキ専門、その店舗が「常磐ホテル」内に開かれた。プロ棋士の勝負の場、「決着の常磐ホテル」と呼ばれた凛とした佇まい、その環境に生まれた銀座PENT HOUSEの姉妹店「PENT HOUSE甲州」。それも会員制ではない予約制での展開。銀座のあのステーキハウスの味がもたらされる余韻は刺激的に違いない。食は甲州にあり。
吹き抜けの高い天井、組み合わされるたくましい梁、古民家萩原邸内。壁一面格子のワインクーラー、ブドウの房模様のシャンデリア、趣は和モダン。
コースをいただく。オーダーしたのはフィレとロースを半々にした相盛りのステーキ。パンプキンスープで穏やかに始まる。前菜は富士の介のマリネロール、ヨーグルトとマスカルポーネチーズを中に、キャビアに見立てた粒のオリーブオイルが添えられる。スプラウトを散らしたアワビの煮貝にはバルサミコソース。リブロースの牛肉たたき、マーシュとエディブルフラワー。既に味の広がりに衝撃を受ける。トマトのジュレ、新鮮野菜、ニンジンのピューレ、サラダという名のアートである。そしてPENTHOUSEのステーキが香ばしい香りと共に運ばれてくる。大ぶりのクレソンの緑鮮やかな背後にフィレとロースがこんがりと焼かれ潜んでいる。いや休んでいるようだ。脇にフレンチフライが添えられる。甲州牛、脂を嫌いA5級を熟成させること1か月、程良いサシ具合。焼く前に見届ける。シェフの今村和気さんは何度も何度も銀座に通い、免許皆伝となったと。

外側はカリカリに焼かれ濃いブラウン、中はピンクのレア、美しい。酢からし、ニンニク醤油、塩が用意される。フィレ、お箸でほぐれる柔らかさ。塩を少し、一口口に運ぶ。ジューシーな甘みと旨味が一気に広がる。嬉しくなる。脂肪の少ないきめ細かい肉質、ニンニク醤油で一箸、旨味のパラダイス。クレソンで舌を落ち着かせ、ロースに箸を忍ばせる。コクのある味覚への刺激、脂の甘味。得も言われぬ柔らかさ、芳醇な香りと味わいが乱舞する。フレンチフライで一呼吸。ガーリックライスで落ち着こう。お味噌汁と香の物、平静を取り戻す。

表カリカリ中柔らか、歯ごたえと香り、豊かな味わい。修練を重ねた特別な焼き方があるようだ。それこそがPENT HOUSEを名乗る資格というもの。数少ない甲州牛の旨味を最大限に引き出した「PENT HOUSE甲州」、新たな名店が甲府に誕生した。進取の美食、雅趣の数々、至福のリトリート「常磐ホテル」。次の投宿を思いながらヒノキの露天に身を沈めた。P.B.
■常磐ホテル
〒400-0073
山梨県甲府市湯村2-5-21
TEL:055-254-3111
https://tokiwa-hotel.co.jp






