「日本に2艇のRYBOVICHが居ることは素晴らしいことだ。
我々は、伝統を重んじながらも常にイノベーションも求めている。
RYBOVICHも日本も、同じ文化の潮流の中に居る」

CEO Michael Rybovich

RYBOVICHの歴史は1910年、オーストリア・ハンガリーから家具職人 John”pop”Rybovich がパームビーチに移住してから始まる。1947年の1号艇から2010年のハル#126の78フィート艇まで、輝かしいレジェンドがある。新たに「Michael Rybovich & Sons」のビルダー名で活動を始めた3代目Michael Rybovich氏にインタビューする機会を得た。

現在、Hull #100‐55フィート「SHIBUMI」現在名「FANTASIA」と、Hull #20‐40フィート「THREE RINGS」現在名「Twenty」の2艇が日本にいる。今回そのオーナーと訪ねた事をどう思うか尋ねると、「とても嬉しく思う。ほとんどがアメリカ国内、コスタリカ、スペインにもいるが名義だけのようだ。日本人がこれほどRYBOVICHの文化を大切にしてくれていることに感謝する」と。

現在のインターコースタルウェイ、レイクワース川に面したPalm Beach Gardensに新たなヤードを作り、新生RYBOVICHとして活動を始めたのは2010年からだ。「2005年までRybovich Marinaで造船を続けていたが、Rybovich Marinaはメガヨットのメンテナンスとマリーナ業に特化することを機会に分かれることになった」。RYBOVICHの名はRybovich Marinaが使用権を持ち、新たに建造するフネは「Michael Rybovich & Sons」のブランドで行うと。すでに3艇を受注、そのHull #1は進水間じかだ。#3は68フィート、直接指揮を執るのは2002年RYCO時代の65フィート「China Girl」以来の大型艇になる。

1972年、Tommy Rybovichが亡くなると買収劇が始まった。ボブ・フィッシャー時代 Hull #80~85、ウイルソン/マトラック時代 Hull #86~93、ブロンステイン/ライボヴィッチ・スペンサー時代 Hull #94~107、Michael Rybovich時代 Hull #108~126。「Michael Rybovich & Sons」ブランドで新たなチャレンジは?と尋ねた。

「イノベーションはいつも考えている。スーパーストラクチャーはコンポジットで作っているし、現段階ではコールドモールド/マホガニーの組み合わせが一番いいと思っているが、RYBOVICHは絶えず新しいものにチャレンジしていた。それこそがRYBOVICHのトラデションなのだよ」と。また「デザインも手描きからオートCADを使っているし、デザイン担当の息子Dnsty Rybovichはニューヨークの船舶設計学校を卒業したモダンな考えの持ち主だよ」と語る。伝統を重んじながら変革を求める「Michael Rybovich & Sons」のフィロソフィが見えてきた。
Jyho RybovichとJohnny、Tommy、Emilの3人の息子たちに始まるRYBOVICHの歴史。へミングウエイとキューバやバハマに釣行したJohnny、Tommyは設計に、Emilは電装とメンテナンスに才能を発揮し、今は3代目 Michael Rybovichにその伝統は引き継がれている。新たに「Michael Rybovich & sons」としてリスタートが切られている。